2009年11月09日

旧「しらせ」受け入れ先決まるか?


旧「しらせ」は鉄スクラップ相場低迷で解体を免れたものの行き先は決まっていなかったが、

《先代「しらせ」後利用に4団体が名乗り 来月決定へ》'09/10/23

《退役「しらせ」誘致へ協力 江田島の9団体方針》'09/10/27

今回は4団体が応募したそうだが、今度こそ決まるのだろうか?
旧「しらせ」の受け入れ先が決まっても将来的に景気の影響で管理放棄の可能性も否定できないのが、昨今のご時世。

《先代「しらせ」のスクリュー設置 白瀬矗ゆかりの芝浦埠頭公園に》

《「しらせ」のスクリュー、公園に登場》2009.11.7 21:3

とりあえず、何度か交換しているはずの先代「しらせ」のスクリュープロペラが東京都港区芝浦ふ頭の白瀬矗(のぶ)記念碑脇に寄贈された。
これも由来が忘れられないように記憶をのこしつつきちんと管理してもらわないといけないだろう。

現実に巡視船「こじま」(鵜来型海防艦「志賀])の末路という話がある。

「白瀬矗 - Wikipedia」

■一方、北大路機関が書いていたが、新「しらせ」はまもなく晴海ふ頭から出発予定。

文部科学省:《南極観測船「しらせ」の出港について》

観測隊員が全て「しらせ」に乗って日本から移動する訳でもないとブログ記事「砕氷艦しらせ、初の南極観測支援へ11月4日、晴海を出航」にも書かれているとおりだ。

「面白南極料理人」辺りで南極を離れた越冬隊員がオーストラリアの港でサッサと家族と対面する話に、読んでいて肩透かしを食らったような気分だった。

晴海ふ頭へ南極観測船に乗って日本に帰還するまで、観測隊員は家族とは電報か電話以外に連絡がないというイメージに固まっていたから。時代変化で、懐具合しだいでは砕氷艦の日程に合わせて寄港地で待ち合わせも可能なのが今時なんだな。

そして夏季観測隊員が航空機を乗り継いで、ドームふじ観測点で夏の間だけ作業し、そのまま昭和基地まで下り降りることもなく、また航空機で日本まで帰ってしまうこともあるのが21世紀の南極観測活動。。

昭和基地は観測点まで物資を運ぶ。あるいは環境保護という昨今のご時世に合わせて過去の廃棄物を回収し、南極から廃棄物をまとめて持ち出して処分するための集積所の役割も果たすようになっている。

ちなみに南極に常駐できるのは文民のみということらしい。海上保安庁職員は越冬隊員になれるが、海自などは越冬隊員を出せないということらしい。
「南極条約(1959年)は、南極圏で兵器の実験や軍事施設の建設を行うことを禁止」していることの解釈なのだろう。


  • 西村 淳
  • 定価 : ¥ 540
  • 発売日 : 2004/09
  • 出版社/メーカー : 新潮社
  • おすすめ度 : (12 reviews)
    ひっかかった
    ドーム基地は男たちの楽園(?)。映画とは違った面白さに満ちている。
    しらせは砕氷艦です。
    一話、一話がちょうどいい長さのエッセイで、楽しい読書ができる。
    呑んだ、食った、料理したの日々?!

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posted by kurapat at 08:25| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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